はじめに

大学を出てから23年間、海外のメーカーにDRAMのシェアを取られてからはひたすら下降気味の日本の半導体業界で、私は大手重電系半導体メーカーのロジック/マイコン系の製品設計部に籍を置き、エンジニアとして生きてきましたが、訳あって早期希望退職者募集に応募し、2011年の3月で退職しました。

社内では比較的日の光を浴びた製品を担当させていただいてきたものの、所詮は部品屋ですから、自分のキャリアが人目に触れることは今までもありませんでしたし、このままだと今後もありません。

退職した頃はそれもいいな、と思っていましたが、根が喋りたがりなので、誰かに見て欲しいし知って欲しいと思ったりも致します。

折しも退職の1年前の2010年にギリギリ50前にして父親となっていて、2011年3月の家人の育児休業の満期終了と同時期に退職となったので、退職後は求職活動は行わずに、子どもの面倒を見ることと家事を引き受ける専業主夫となり5年を経過、2016年、子どもが今年無事小学校入学となりました。

そこで、これを機会に今までの自分の経験を、退職したときの守秘義務に抵触しない程度に、そして読み物として読みやすいように書き下ろしてみることにしました。

退職直後に会社が斡旋する求職支援会社で業務経歴書の書き方を習ったりもしましたが、あれは通り一遍の経歴の羅列であって、生々しい体験がかかれているわけではありません。

なお、ここに書くことは、おそらくほとんどが小手先の小技で、何か重要な意志決定の参考になる、なんてものはありません。なにせ書いてる本人が課長級止まりですから。

でも、技術職として生きてきて、小技に助けられて重たい仕事が結構早く終わったとか、時間が空いた分別のことが出来たといったことはよくありましたし、機械に仕事をさせてミスが入り込む可能性を減らすといったことは大事なことです。

そして何よりも仕事を楽にするために小手先の小技を考えて解決方法を探すことは結構楽しかったと思います。自分の身を守るための大事な手段を自分で考えるってことですからね。

もし、こんな色々としでかした奴がいたのかぁと思って下さる方が1人でもいらっしゃれば嬉しいと思います。


このような人間ではございますが、こいつに何かやらせてみたい、何か依頼したいとおっしゃる方がもしいらっしゃいましたら、「ご連絡はこちらまで」をクリックしていただければ、連絡用フォームがございます。よろしくお願いいたします。

なお、メールアドレスを直接記載するのは、色々な意味から避けております。